インド大使との面談の報告

2022年4月18日訪問

 2022年4月18日、和田春樹、伊東孝之、富田武、羽場久美子、平山茂の5人で、インド大使館を訪れ、インド大使Sanjay Kumar Verma(サンジェイ・クマール・ヴァルマ)氏と会談した。

こちらからは、現在のロシアのウクライナ侵攻に対して日本の研究者として深く憂慮していること、そうした歴史家たち有志によって14名の代表の名で、戦争の即時終結、停戦交渉の開始、歴史的な非同盟国、中国、インド、日本政府などが仲介し、可能な限り早期にロシアの侵攻と戦争を終結させたい、ついてはインドにもぜひ仲介の労を取っていただきたいと話した。

特に、現在のロシアの侵攻とウクライナ西部・東部の戦争を止めるため、仲介を取る国が緊急に必要であること、現在の戦闘状況を止めるのは極めて難しいだろうが、それができるのは中国やインドの2国が共同して仲介を望むこと、ウクライナ国民の犠牲や被害を止めるには、日本も協力し、停戦を仲介する国が必要である、是非インドの仲介者としての協力を仰ぎたい、と訴えた。

 大使からは、次のような話があった。
「あなたたちの話はよく分かった。インドはロシアと、又ウクライナとも、歴史的・経済的・政治的に良い関係を維持してきている。今回の2国間の抗争については可能な限り早期に停戦と和平交渉が必要であると考えている。インドは平和と安定、独立と繁栄を愛する国であるので、現在のように国際社会が一方的に圧力を加えるのは望ましくないと考えている。しかしいまかなり双方の攻撃が激しい中で停戦を言うことはなかなか困難である。近い将来、もう少し状況が好転すれば、インドが平和のために仲介することは考えうるであろう。
またインドは、アジアの周辺の国々と連携して、独立した観点から、常に発言を行ってきている。今回についても、国際的な批判が必ずしも正しいとは考えていない。インドは常に平和と安定と独立を守る立場で行動したい。」

さらに、南アジア地域連合(SAARC)に触れ、次のように述べた。
「インドはSAARC大学という南アジア諸国の地域共同の大学で、若者を共同で育てることにより将来対立のない社会と発展を南アジアで作っていくつもりである。あなた方の平和と停戦、さらに仲介の要請はよく理解できるし共有している。本国にも今日の話は伝えるつもりだ。
本日は、大使館を訪問し、また現在の困難な国際情勢について提言をしてくれて、ありがとう。これからも一緒にやっていきましょう。」
以上の話し合いを経て、終了した。

実際にはどれほどインドの外交政策に影響があるかはわからないし、今回の訪問でインドのモディ政権が仲介に向けて動くようになるかどうかは、全く不明だ。それでもインドは国連のロシア非難決議には加わらず、中国と共に棄権に回っているし、G20にロシアを呼ばないというアメリカ・イギリスなどの提案には反対している。
G20の会合でも、議長国であったインドネシアもロシアの発言権を確保することには責任を持とうとした。ロシアが発言するとき、アメリカやイギリス代表は席を立ったが、インド、中国をはじめアジアの国々、また日本も席を立つことはしなかった。 ロシアの発言の時に席を立ったアメリカや欧州の一部に対し、インドネシア議長国は、20カ国全体がそろうことが必要であるし、ロシアの意見を聞くことも重要である、G20からロシアを外すことは了承できない、という立場を取った。アジアのいくつかの国々の立場は、アメリカの行動、特に武器輸出とロシアを徹底的にたたくことには警戒感を持っている。

 全体として、インド大使館でのインド大使への訪問と話し合いは、意義があったと考えられるし、実り多い会合であったと思われる。今後もインド大使館との関係を継続し、可能であれば中国と共に近い将来、停戦の交渉の仲介者として貢献してほしいものである。 (了)

外務省およびロシア大使に、声明を手渡した報告

2022年3月16日外務省訪問、3月24日ロシア大使館訪問

 (和田春樹 2022年3月26日 記)

【外務省】
3月15日に私たちの声明をとりまとめ、翌日に外務省に向かった。私と富田武、羽場久美子両氏が外務省を訪問し、山田欣幸ロシア課長に声明を渡した。山田課長は私たちの説明を黙って聞いてくれ、私が話し終わると、「どうして中国に仲裁をもとめるのか」と質問された。そこで、トルコがすでに仲裁の行動をしているが、まだ結果がでていない、そこでロシアの東と南の隣国も行動して、停戦に貢献すべきだとおもう、中国とインドも関係がよくないが、一緒に停戦の仲裁をすると、自分たちの関係にも意義があるのではないかと述べた。
 

【ロシア大使】 

3月17日、私はロシア大使館に電話して、大使に面会し、声明を渡したいと申し入れた。18日になり、大使秘書官から、声明をあらかじめ見せてほしいと言われたので、用意した声明のロシア語版を送った。翌日、ガルージン大使が会う、24日に来館してほしい、一時間ほど面会するという連絡があった。当日、私は藤本和貴夫、伊東孝之、加納格、富田、羽場の5氏とともに大使館にむかった。大使館の側は大使の他4名の参事官、書記官が出席し、大型のスクリーン二つを用意し、動画を見せながら、ガルージン大使が50分にわたって、ロシアの立場を説明された。以後50分ほど私たちの発言と大使の答弁がおこなわれた。

 大使は、「ロシア軍の侵攻によりウクライナ戦争がはじまった」という私たちの声明の冒頭の一句に注目して、戦争は8年前のウクライナの政変、反ロシア政権の誕生からはじまっていた、ミンスク合意もこわされた、そしてキエフ政府はロシア人の「ジェノサイド」を実行して来たと主張し、その間のロシアの抗議には西側はまったく耳を貸さなかったと述べ、さらにNATOの東方拡大はロシアにとっての脅威だと強く非難した。私はロシアにはロシアの言い分があるとしても、隣の国をあのような大軍で攻め込むのは衝撃をうけた、と述べた。このようなことをしては、ロシア人とウクライナ人の平和的な協力関係は永遠にこわれてしまうのではないか。と指摘した。これに対しては、大使は、日本と米国は深刻な戦争をし、広島長崎に原爆も投下されたが、いまは日米関係は親密になっているではないかと反論し、ウクライナ人と敵対するつもりはないと言われた。だが、これは「兄弟殺しの戦争」ではないかと加納氏が言うと、さすがにこたえたものか、ガルージン大使の答弁はここでは苦しそうであった。

私たちの方からは、即時停戦、停戦会談の開始、3国による停戦の仲裁という私たちの提案を力説した。これについては賛成、反対、いずれも明瞭な意見の表明はなかった。ただし日本には仲裁に立つ資格はないというようなことは一言もいわれなかった。中国、インドについても触れなかった。停戦会談はすでにやっている、ロシアの要求は明かであって、それが満たされれば、軍事行動は終ると言われたので、伊東氏が「それでは戦争はやめないということですか」と反論して、停戦を要求した。私は、ウクライナの非軍事化のような要求は日本の降伏経験から考えると、日本と立場が違うウクライナがのむはずのない項目であると強調した。これには答えがなかった。かわりに大使が言ったのは、「自分は8月15日の玉音放送を聞いたが、そこにはポツダム宣言を受諾するという言葉はなかった」ということだった。実際には「共同宣言に応ぜしむる」と天皇はのべているが、「ポツダム宣言」と具体的にはいわず、まして降伏するとは述べていない。大使がこう言った心理は、妥協して合意するときには表現を工夫することができると示唆するつもりなのかと思った。大使はまた「停戦会談はおこなわれている。話がまとまってくると、ウクライナ代表団のスカートの端を踏む動きが出る」と最後に言ったが、これはアメリカが停戦会談をさまたげているとほのめかしたのであると言える。

結局、私たちの対話はいかなる合意点もみいだせなかったが、それは予想した通りの結果であった。大使は最後に本日の会合のことはモスクワに報告すると言われた。私たちはまたお話したいと言って、記念撮影をして、大使館を辞した。私たちは私たちの提案をさらに推進していく決意である。次は中国大使館、インド大使館を訪問するつもりである。

動画によるロシア大使面談の報告